雄島参り '13(舞鶴市・老人嶋神社)


 舞鶴では例年6月1日に行われる「雄島参り」。
老人嶋神社鎮座の雄島(冠島・老人嶋)は、舞鶴市内だが、この島へ行ける機会はこの日だけ。
島はオオミズナギドリ繁殖地、保護のため普段は上陸が禁止されている。
野原・小橋・三浜の3集落共同の神社で、
「雄島参り」の祭礼の日だけは上陸が許される。


老人嶋神社(冠島)

島の周辺は豊かな漁場で、普段はこのあたりまでは行けるのだが、
上陸はできない。


   今年もお世話になります。

 9時30分各港出発で、10時くらいに冠島に到着する。

 

 そこから「老人嶋神社」まで磯を歩く。
 


 小石浜
 冠島の南側に小石浜がある。ここへ上陸する。幅20メートルばかりある。
もっとも普段は上陸できない。
 ふだんは、この島へは上陸はできません、上陸は禁止されています。
 立て看板

 「上陸禁止
オオミズナギドリの繁殖地 冠島
冠島は、国指定天然記念物に指定されております。繁殖地保護のため、島への上陸はできません。無断上陸した場合は、文化財保護法により処罰されることがあります。
天然記念物冠島管理団体 舞鶴市」 と書かれている。

 立て看板
拡大すると…
 


 立て看板
 磯の背後は貴重な魚付保安林にもなっている。


 途中の磯に残る旧海軍のコンクリート製の何かの構造物↓
カッコのいいベッピンさん、そちらではなく、コンクリートの方を見て下さい。70年くらい前のものか。
 冠島の人工物
上に登って見ると…↓
 冠島の人工物
こうしたものが3体ばかり残っている。

 魚付林に少し入った老人嶋神社のあたりもオオミズナギドリの巣穴だらけ↓
数が増えたような大きな穴になったようなかんじがする。
 オオミズナギドリの巣穴
今年はこうしたタグがあちこちに付いている。環境省が調査に入っているよう。
 オオミズナギドリの巣穴


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   神事

 だいたい11時予定のようだが、少し早く神事がはじまる。
 

 老人嶋神社の裏山
老人嶋神社の裏山↑。古くはここが磐座だろうか。

 参詣者たち
こんなに上陸してたのか。

供物
←漁師さんの供物は、だいたいこうしたもの。お酒と鯛のカケのイオ。

ちょっとお勉強
『海といのり』(舞鶴市郷土資料館平成10年発行)
 〈 雄嶋参りは、競漕の形で行われてきましたが、これは中国南部にその発祥をもっとの研究が進められている倭人の祖にかかわる汎太平洋圏の海洋民族の祭祀習俗であり、華南・沖縄・長崎、近くは出雲美保神社の諸手船神事と同様の龍神信仰の東限地であると考えられています。
また、吉原からの参拝者は帰港の日に、雄嶋戻りといって競漕して帰ったといいます。
 雄嶋参りの風習は、過去においては京都府下にとどまらず、西は隠岐から東は若狭まで、広範な信仰圏を有していました。現在でも、毎年5月〜7月頃、京都府下・福井県下の漁村から多くの参拝者があります。
 ここで、この行事の目的をみていきますと野原・三浜・小橋・大丹生地区はいずれも“大漁祈願”を目的としていますが、白杉・青井・吉田地区においては、“雨乞い”を目的としており、「日照りが続くと、冠島にある井戸を振物で使用する薙刀の刃でかきまぜると雨が降る。余り強くかきまぜると海が荒れて、村に帰れなくなる」との伝承も残っています。(白杉・吉井)更に”毎上安全”を祈願するのは、神崎・和田地区です。また、昔、由良川筋では養蚕が不況のときは、雄嶋参りをして島のひとかかえもある桑の木の葉を取って持ち帰り、これで蚕を飼い、翌年は、とれた糸や反物を持ってお礼参りに来ていたとのことです。
 冠島へ行く船は、ともうちを2艘並列に組み(「ともうち」を並べ、帆を立てたともいう。)その上に太鼓をのせて打ちならしながら、島に向った村もあり(吉田・和田・長浜・青井)、また、船を直接島に着岸させないで、一度海にとび込んで身を浄めて上陸もしました。 (白杉・吉原)
 昔の参拝は、3月3日でしたが、5月5日に変更となり、現在の6月1日になりました。そして、出発も風を利用し、夕刻から夜にかけて南風にのって島に渡り、翌日午後から、あいの風(沖風)にのって帰る所もありました。 (神崎・瀬崎)。「3月3日には、この島の神さん(女神)が、新井崎の男の神さんに会いに行かれる日で、不思議にこの日の前日の夜から朝にかけて神さんが島を出られる時は、それまで騒しかった島が静かになったと聞いている。そして女神さんが、新井崎に行かれる通り道は、静かな海であったという。」 (古老談)
供物
 老人嶋神社脇に並んでいる石仏の中では、狛犬が北陸様式のもので、一番古そうです。5体の石仏のうち、右の2体は青面金剛であるらしく思われ「安政三(1856)丙辰奉再造弁天小橋講中」とあり、あるいは小橋周辺で庚申講の盛んな頃、像刻され、それを小橋講が弁天さんとし再造奉納したのかもしれません。次の2体は、信仰としては奇妙ですが、1体には「酒泉」の裏刻があり、表には酒樽と酒の器らしいものを捧げます。もう1体の裏刻は、酒舛かとも思われ、像容は明らかに舛を捧げています。
 最後の1体は、石仏の上部が欠損し、裏刻にわずかに年代らしき文字が窺えます。
 冠島の自生桑は珍重され、三浜では太鼓の胴に使用されました。また、自生桐も優品とされ、田辺藩牧野氏連枝牧野碩斎常用の手提煙草盆、牧野家に伝わる火鉢などにあとをとどめています。古老の話によれば、教育勅語を入れた箱も雄嶋桐であったといいます。これら両木は、一般には伐採が禁じられ、専ら藩主愛用の品々を作るのに用いられました。「雄嶋から、桑の木でもなんでも伐って、それを船に積んで帰ろうとしたら、途中で船足が止って帰れなかった」という話も残っています。
 こうして、老人嶋神社は日本海周辺漁民の尊崇の中心となり、或いは文殊信仰がこれに重なり或いは女神信仰と重層して、漁民の海での安全と大漁あるいは又祈雨の対象として根強く広がりました。特にその中でも、野原・小橋・三浜の3地区は、現在に至るまで特に強い結びつきを持つようになり、海へのいのりの対象として、その心の中に強く生きづいているのです。  〉 

どうした神様をお祀りしているのかは、古来いろいろ説があって、正確にはわからない。
一般には大漁の神と見られているし、雨乞いの神というのは龍神と見てのことだろうし、五穀豊饒の神とも見ている。もっとも古そうなのは女神様ということのようで、特別な名はない、新井崎神社の男神様とセットのようである、太陽の道と関係があるのかも…

 あまり大きな物もないし、数も多くはないが、石の置物がある。
 
狛犬↑。一番内側のイヌかカエルかわからないようなヤツ。これは古いだろう。舞鶴の古い神社ではよくみかける種類の狛犬である。
 仏像
参道に並ぶ石造。一番左にもう1体ありそうだが、枝葉に隠れて写せない。

仏像ではないが これが一番古いかも↓ひょっとして縄文後期、豊漁を祈ったものか。小橋では縄文後期の遺物が出るから、まんざらでたらめの推測ともいえまい。
 石棒
あるいは雄島の名はここから出たものか。スケールなどは持って行かなかったので寸法などは測っていない、高さ30センチくらいである。誰も研究した者がないよう、次は測っておくので、どなたか研究して下さい。(次の年の計測で、高さ40p、直径16pであった)


 少し離れた場所に「Pの宮」(恵比須)が祀られている。「つんぼの神様」とも耳が悪く聞こえにくいとも言われる。↓こうしたものもある。
 瀬の宮

 瀬の宮

 瀬の宮

聞こえにくい神様なので、以前は付近の石を拾ってガンガンと祠にぶち当てて、大きな音を立ててから、お願いごとをしたという。あまりそうして大男が石をぶち当てるため、小さなきゃしゃな祠はすぐ壊れる、今はコンクリートブロック製の上屋に覆われている。
今も石を拾って投げつけるが、祠にはぶつけずに、近くの石にぶち当てているよう…
えぴす耳といわれる大きな耳でありながら耳が悪い神様で、海人との関係が何かうかがえる例か。瀬の宮はずいぶんと古くから祀られたようで、風土記残缺にも「凡海息津島瀬坐日子社」と見えていて、このあたりだと玖賀耳御笠とか、耳に特徴のある種族が大きな力を持っていた時代の残りかも知れない、意外に本当は御笠を祀るのかも…。

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   直会

 神様にお供えした供物を下げてきて、直会がはじまる。朝からゴッツォになりっぱなしのため、正直いえばもう食欲があまりない、すすめてもらうが申し訳なし…、喰い物に興味なく、ベッピンに興味なく、生きてるのやら死んでるのやら、木乃伊のごとく情けないことで…
ベッピンさんといえば、この島は天孫降臨の島の説をとなえる伴とし子さんは今日はやってくる予定だった、仕事が入りこれなくなったとか、天孫族はこの島に天降り大和へ東征、南征か、した歴史があった、という。わずかの人数の神武東征だけで日本ができるわけはなく、そうした歴史も確かにあったことであろう。

 

かつては、雄島参りのこの磯にこの日ばかりは出店の屋台が出ていたそうである。お祭りの神社の参道に立ち並ぶあの露天がこの島にもあったのである。
ウソでしょう、と皆が本気にはせず疑っていたが、村上宅のご当主やその年代が子供だった頃は本当にそうだったらしくい、何名かの証言で裏付けられた。
戦後の一番何もないころで、子供にすれば、ここに来ればそれがあった、もう行きとうて行きとうて、これを目当てに雄島参りの日を待ったという。



 大発見!
 アオダイショウ

 腹ごなしに磯を歩いていて、大発見である。騒いでいるので岩場の困ったにタコか、と思いきや、岩場にヘビであった。
この時期はまだオオミズナギドリの卵はなく、ヘビは食べ物がない、飢え死に寸前でやせ細りひょろひょろだと聞いていたのだが、マルマルとしたヘビである。ヘビに詳しそうなそこで手にしている兄さんは青大将だと言っていた。
コイツは何を喰ってまるまるとしていられるのだろう、ひょっとすると龍神かも…、生物調査隊、解明して下され。



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